今日は、鏡開き。
我が家も朝はぜんざいをいただきました。
舅が作ってくれた「たけじいちゃんのホクホク小豆」のお蔭で、今年も美味しくぜんざいをいただくことができました。
また、今日は田打ち正月にもあたる日です。
『多く正月11日に行う農耕の予祝儀礼。田畑に出て二くわか三くわ耕したあと、松の枝を植えたりして唱え言をする。くわはじめ。《季 新年》』(goo辞書より)
お百姓さんの仕事始めにあたるんですね。
1月11日にとんどさんをして、その時に田打ちをするところもあるようです。
奥出雲の我が家では、1月15日がとんどさんです。
今年は蕎麦打ちも同日に開催されるということで、楽しみにしています。
また、このブログでご紹介できたらと思います。
1月15日は小正月でもあるんですね。
地域によっては、小豆粥を食べるそうです。奥出雲地方では、どうでしょう。
また、姑に聞いてみなくては・・・・・。
実家の母は、お正月を過ぎると「ばあず正月(坊主正月)」だの、小正月だの二十日正月だの言って、それに合わせた食事をしてくれていました。
その時は関心もなくていい加減に聞き流していました。
今思うと、ちゃんと聞いておけば良かったのにと思います。
昔の行事というのは理にかなっていて、それに合わせた食事も理にそって身体を調整するものだったんだと思えるようになったからです。
長い年月を経る中で、人は自然を観察し自然に沿った生き方をする方法を多く身に着けていったはずです。
それが、今は自然の理に添えない環境が増えて、人間が動物であることさえ忘れそうになります。
原発もそうですが、自然にない物質を作り出して、それを身体に入れていく環境。
田舎に住む農業を営む老人たちが元気なのは、自然に沿って、長い年月で培われたその理にかなった生活をしているからなのでしょう。
舅や姑の生活を見ていると、深くそのことを感じます。
風習なんかと見捨てないで、少し関心を寄せて田舎の風習を見直してみようと思います。
今日も、叔母に電話で聞いたりしたのですが、高齢で記憶がだんだん薄れていて確証がないように言っていました。
最近は本来の日にその行事をするのではなく、土曜や日曜にしてしまうということが増えてしまい、本来の日さえもいつだか定かでなくなっているようです。
奥出雲地方では、だいすこ団子というものがあります。
「仏様の供養に作り、1月15日にお供えしました。お下がりは小豆汁にして家族で頂きました。食事も仏様の供養に精進料理でした」
もち米粉一升で小判型の団子をつくり、一升枡に山盛りに盛って仏前にそなえました。
高く盛り上げるほど繁盛するということで山盛りにしました。
そのお団子を下げて、小豆汁で頂きました。
だいすこ団子は、岩手の方でもお大師様という行事で作られているようです。
古い行事にも目を向けて見ようと感じた鏡開きのぜんざいでした。
おいしいお餅やぜんざいが頂けたことに心から感謝です。
コメント